東京地方裁判所 昭和26年(ワ)1043号 判決
原告 宮川浩一
被告 金子源吉
一、主 文
被告は、原告に対し東京都品川区東大崎四丁目二百二番地所在木造瓦葺二階建住宅一棟、建坪十九坪五合八勺、外二階五坪七合五勺を明け渡し、かつ昭和二十六年三月一日から明渡済にいたるまで一ケ月金一千百二十円の割合による金員を支払え。
原告その余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、すべて被告の負担とする。
この判決は原告において担保として金五万円を供託するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一項前段及び第三項同旨、並びに被告は、原告に対し昭和二十五年十一月一日から建物明渡済に至るまで一ケ月金一千百二十円の割合による金員を支払うこととの判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。
「一、原告は、昭和十三年四月一日にその所有する主文第一項中掲記の家屋を被告に対し、(1) 賃料一ケ月金四十円、毎月二十八日限り支払うこと、(2) 期限を定めず、(3) 賃料の支払を一ケ月でも延滞したときは、何等の催告を要しないで賃貸借契約を解除し、その明渡を求められても異議ないこと、(4) 転貸若くは間貸をしないこと、また同居人を絶対に置かないこと等の条件で賃貸したが、みぎ賃料は、昭和二十五年八月一日から公定の一ケ月金千百二十円に増額された。しかるに被告は、昭和二十五年十一月一日から昭和二十六年一月三十一日までの賃料合計金三千三百六十円の支払をしないので、原告は被告に対し昭和二十六年二月三日附書留内容証明郵便をもつて、前述(3) の特約に基き、別段の催告をしないで、みぎ賃貸借を解除する旨の意思表示をし、みぎ意思表示は、翌四日に被告に到達したから、同日限り、前述の賃貸借は解除となつた。
二、仮に、みぎ主張が理由ないとしても、被告は、原告に無断で昭和二十四年十月頃、本件家屋の二階を、訴外小薗江きみに対し、賃料一ケ月金五千円毎月末日払の約で転貸したから、原告は、被告に対し昭和二十六年五月十九日の本件準備手続の期日にみぎ転貸を理由とする賃貸借解除の意思表示をしたので、同日をもつて本件賃貸借契約は解約された。
よつて原告は、被告に対し本件家屋の明渡と、昭和二十五年十一月一日以降みぎ明渡済まで一ケ月金千百二十円の割合による賃料並びに、これと同額による損害金の支払を求めるものである。
三、なお、被告の抗弁事実中、小薗江が昭和二十四年六月から本件家屋に居住していたところ、既に本件家屋から退去していること、並びに被告がその主張のように供託をしたことを認めるが小薗江の退去の日時を争う。またその余の抗弁事実は、すべて否認する。被告のした供託は、契約の終了の後であるばかりでなく、これに先だつて、弁済の提供をしないから、その効力がない。」<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
「原告主張の請求原因事実中、原告主張の契約条項中に、(3) として述べるような特約の合意されたことを否認し、且つ、被告が小薗江きみを同居させたことが法律上転貸に該当し、また原告のした契約解除のいずれかの意思表示によつて契約が終了したことを争うが、その余の事実をすべて認める。抗弁として、
一、被告は、前述(3) のような特約をしたことがない。もつとも被告は、本件家屋の賃借に際し、原告から提供された世間一般に用いられている建物賃貸借契約証書と題する印刷文書に署名捺印して、原告に渡したことがあるが特に当事者がみぎ証書の内容を熟読協議したものでなく、該証書にみぎのような解約条項があつたとしても、それは、一般の例文にすぎないのであつて、当事者がこれに従う真意はないのであるから、みぎ条項に基いてした本件賃貸借解除は無効である。
二、原告の主張するような特約の有無にかかわらず、およそ継続的な賃貸借契約を解除するには、相当の期間を定めて履行を催告することは、信義則のうえから必要である。そうして、被告は、過去において、原告の要求する公定賃料以上の賃料の要求に応じて来たほどの誠実を示しているのに、原告は、被告に対し何等の催告をしないで賃貸借解除の意思表示をしたものであるから、みぎ意思表示は、法定の要件を履践しない無効なものである。しかも原告は昭和二十五年十一月七日に同年八月乃至十月分の賃料の受領に際して、家賃通帳を被告から取りあげたまま返還しないし、再三催告しても家賃の受領証を呉れなかつたので、被告は賃料の支払を一時差控えたものであつたが契約解除の通告に接して昭和二十六年二月八日に昭和二十五年十一月一日から翌二十六年二月末日まで四ケ月分の賃料合計金四千四百八十円を、原告に現実に提供しても、受領を拒絶されることが明白であつたからあえて提供をしないで、これを供託した。したがつて被告に賃料債務の履行遅滞の責のないのは勿論、賃料債務も消滅したものである。
三、なお、小薗江きみを同居させたのは、同人が被告の娘良江の友達であり、かつ被告住所地附近に同人が家屋を建築中であつたから、みぎ家屋完成まで一時的に本件家屋二階に同居させたものであつて、同人は昭和二十四年六月頃から同年九月頃まで約半年間位居住していたが、その後みぎ同人新築家屋に移転した。そうしてみぎ同居中、小薗江から被告の娘に対し謝礼として毎月三、四千円程度の金員贈与があつたけれども、被告としては、賃料をとつて転貸したものではない。したがつて転貸があることを前提とする契約の解除は、その効力がない。」<立証省略>
三、理 由
原告が昭和十三年四月一日にその主張の所有家屋を被告に対し期限の定めなく、賃料一ケ月金四十円、毎月二十八日払いの約で賃貸したこと、被告がその後現在に至るまで引き続きみぎ家屋に居住していること、並びにみぎ賃料が昭和二十五年八月一日から一ケ月金千百二十円に増額されたことは当事者間に争いがない。そうして、成立に争いのない甲第一号証によれば、被告は、賃借に際して、被告がみぎ賃料の支払を一ケ月分でも延滞したときは、原告において何等催告をしないで、賃貸借を解除しても異議ない旨を特約したことを認めることができる。被告はみぎの様な解除条項が前掲契約書中に使用されている一般的例文であつて、当事者は、これに従う真意でなかつたと主張するけれども、証人金子トモの同趣旨の供述部分は、これを信用することができないし、他にみぎ主張を支持するに足る証拠はない。よつてみぎ解除条項は、原告に対し民法第五百四十条にいう解除権を与えたものと認定することが相当である。
つぎに、被告が昭和二十五年十一月分から昭和二十六年一月分までの賃料を支払わなかつたこと、並びに、原告がその故をもつて契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがないけれども、被告のみぎ賃料不払の事情について、証人宮川順及び同金子トモの各証言をあわせ考えると、これよりさき、被告が昭和二十五年八月分から同年十月分までの賃料を原告に支払つた際、原告を代理して被告との交渉に当つていた原告の母宮川順は、後に認定する被告の訴外人に対する転貸を非難して、被告に対し将来同種の行為をしない旨の念書差入れ方を要望し賃料を受領しながら、みぎ念書と交換を条件として、受領証書の交付を拒んだため、念書の差入れを快しとしない被告は、その後の同年十一月分から昭和二十六年一月分までの賃料の支払を差し控える結果に立ち至つたことが認められる。思うに、弁済者は、弁済の受領者に対し受取証書の交付を請求することができるのであり、継続的な契約関係にあつては、殊にみぎ認定のように当事者に紛争の萌しがあるときは、受取証書の本来の目的にかんがみて、被告は、前期の支払済の賃料の領收書を交付しない原告に対し、その故をもつて、爾後の賃料の支払を拒むことができると解するのが相当である。賃貸人は、不信の賃借人に対し、賃貸人の承諾のない限り、転貸行為をしないよう将来のための誓約を求めることは、許されないではないけれども、賃借人としては、転貸を理由とする契約解除の制裁を甘受する限り、賃貸人の求めるような文書の作成を強要される筋合のものでないから、原告が受取証書を発行しないことが前示念書の交付されなかつたことの結果であつても、このことは、受取証書の作成についての原告の義務を免れしめるものではない。してみれば、被告に前示賃料不払について遅滞の責あることを前提とする原告主張の契約解除は、その効力がない。
しかし第三に、被告が昭和二十四年六月から同年九月末頃まで訴外小薗江きみを賃借家屋の二階に居住させたことは、被告の認めるところである。被告は、住居になやむ知人を一時的に居住させたに過ぎない。と主張するけれども、この主張に符合する証人金子トモの供述部分を、当裁判所は、信用しない。却つて、証人宮川順の証言によれば、被告は、小薗江とは従前格別の知合の関係ではなく、むしろ利得を目的として、家屋の一部を転貸したことが認められ、小薗江の同居する以前にも同種の所為が行われたことは、証人金子トモの供述からも窺い知ることができる。乙第一号証はみぎ認定の妨げとならないし、他に被告の主張を理由ずけるに足る資料はない。そうして、このことについて、原告の承諾を得ていないこと、並びに、原告がみぎの事実に基いて、昭和二十六年五月十八日の本件準備手続期日に契約解除の意思表示をしたことは、被告の争わないところであるから、係争の契約関係は、みぎ同日限り終了したものであつて、被告は、原告に対し本件家屋を明け渡す義務があると認められる。
最後に、被告が昭和二十五年十一月分から昭和二十六年二月分まで約定の一ケ月金千百二十円の割合による金員を賃料として供託したことは、原告の争わないところである。ただ、被告が供託に先だつて原告に対し弁済の提供をしなかつたことは、被告の認めるところであるけれども、前認定の紛争の経過、殊に、みぎ供託の数日前に原告が契約の解除の意思表示をしたことから考えて、原告において、その主張を維持する必要上、これを受領しないことが明確であつたと推認されるから、その過程を経ないでした供託は、有効であつて、被告はその分の賃料について免責を得たものといわねばならない。他に被告がその金銭債務を果したことは、何等の主張がないから、被告は原告に対し昭和二十六年三月一日から同年五月十八日まで約定の前示数額による賃料、並びに、同年同月十九日から係争家屋の明渡済に至るまで同額の損害金を支払う義務を負うものと認められる。
以上説明したところによつて、原告の本訴請求中、前段認定の被告の供託した分の賃料の請求は、失当であるから、これを許すことができないけれども、その余の請求を許すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 中西彦二郎)